詩織平成9年度号目次 



ウソツキ        土井 美香 おれ達北小悪ガキ軍団  根本 智樹 マンジ         柳 浩太郎 レム睡眠        吉田 恵子 空間論         河野ちなつ 学生時代        岩田 智美 Dear My Friends    大須賀幸樹 蛍           中嶋 美和 安らぎを……      森  美賀 想い出草        加藤 美佳 愛のある風景      堀口 奈月 夢の中で……      小野あゆみ サクラ         石井 雅美 夏の出来事       小柳早知子 他人          名村かほり 樹海          西野 宏志 編集後記        野浪 正隆 草稿に対する批評集        


 

ウソツキ

土井美香

「あのーすみません。もしかしてあなた瀬川香澄さん?」私が尋ねると、彼女は、
「ええ、そうですけど。」と不思議そうな顔をして答えました。「私内田笙子。覚えてない?」 世の中はそんなに悪くない。小学校6年生にしてそんなことを考えるほど私はこまっしゃくれた子供でした。教室の他の子供達より、少しばかり勉強ができるとか、ピアノが弾けるとか、走りが速いとか、そういうことは当然のこととして常に意識していましたし、みんなが、私に憧れに似た気持ちを抱いていることは分かっていました。だから、学級委員に選ばれたり、クラスの人気投票で1位になったりするのですから。しかし、人の上に立ち続けるというのは、なかなか大変なことなのです。そのために、私はみんなの知らないところでの努力を決して怠りませんでした。それと同時に、私には人を魅きつけて離さない生まれもった何かがあると信じてもいました。すべては順調にいっていました。あの子が来るまでは、私は思い通りの毎日を送っていたのです。

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おれ達北小悪ガキ軍団

根本智樹

 五棟102号の川端のババアに、今日もボールをとられてしまった。これで今シーズンで6個目になる。ボール1個が70円だから、420円もババアにとられてしまった。小学5年生のおれ達にはけっこうな値段なのだ。
「これは仕返ししてやらないといかんな。」
と、一番野球の下手なゴンが言い出した時は少しびっくりしたけど、自分達の球場を守るためには立ち上がらんとあかん、とみんな戦う決意をしたのだった。

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マンジ

柳浩太郎

 「いやっ、マンジきよったでぇ〜!」
 「みんなー、元気だしていこう!」
 「うぉーーい。さぁーこーーい!」
 こんな風にして、緑が丘中の練習は、本当の開始となる。マンジというのは野球部の顧問のニックネームで、本当の名前は分からない。マンジが職員室から出てくるまで部員たちは、すごくリラックスして、キャッチボールをしているのである。しかし、出てくるやいなや、にわかに、練習は活気づく。マンジが部員に恐れられているのは、間違いのない事実である。
 また、隣の南中には、フジタという顧問がいた。フジタは、バリバリの精神主義者であるマンジとは違い、理論的な野球を目指す人だった。職員室の彼の机の上には『BaseBall Magagine』が積み上げられてあり、英語教諭であるとは、到底、察しがつかない。そんなフジタの机の乱雑さは、南中では有名であった。

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レム睡眠

吉田恵子

     1
 深い眠りと浅い眠りは1時間半の周期ごとに、交互にやってくるらしい。その眠りが切り替わる瞬間を本人は意識できないが、浅い眠りの間は夢をみる。それを学術的に「レム睡眠」というのだそうだ。レム睡眠に陥ると脳は目覚めているのに体は眠っているので、眼球が動いたり、時には金縛りになっていると錯覚してしまう。夢は一度経験したこと、自分が気にしていることが出てくるのだとフロイトもいっていた。私はあの忘れられない時間ずっとたった一つの夢しかみなかった、そして周期など関係なく絶え間なく、夢を見続けた。本当にたわいのない夢だった。だけどその夢は二度とは戻ってこない、いとおしい夢だった。

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空間論

河野ちなつ

 めったに郵便物の届かないわが家のポストに真っ青な一枚のはがきが届いた。
  『第3回個展 あおぞら
    皆様お誘いあわせのうえ
         いらしてください』
   …… お元気でいらっしゃいますか わたしはつまらない人間だ。改めて言わなくてもそんなことはわかっている。電車の中でこんなことを考えていること自体わたしがいかに白けた人間かわかるだろう。わたしはまたあの陸橋に向かっている。そこに行けばさらに自分がつまらない人間かを思い知ることになるだろう。そのときすでにわたしは8年前のことを思い出していた ……

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学生時代

岩田智美

 僕は、今から「あのころ」について、この薄ぺらい紙の上にかこうとしている。それが、どんなことかはわからない。とんでもなく愚かなことかもしれないし、とんでもなく有意義なことかもしれない。不安と期待が僕の心のなかで入り混じっている。(この感覚は、幼稚園に入った頃に似ている、あの気持ちだ。)しかし、僕があのころについて思い出そうとしても、不思議なくらい何も思い出すことができなくなってしまう。頭の奥の方で、ピンポン玉くらいの物体が、ブルブルと震え出して僕の、頭が、鈍く、痛む。僕はそうやっていつも思い出せないままでいた。でも今日は違う。「あのとき」から、明日で十年になろうとしている。十年という年月を一昔として区切るのなら、そう、一昔前のお話し。
 そんな前の話か、という人もいるだろうし、たった十年か、という人もいるだろう。「十年」、僕にとってみれば、一年が十個かたまっただけのもので、十年は十年である、と思い続けていた。

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Dear My Friends

大須賀幸樹

「今日は普通に帰れるかな? 何かあったら電話するから。」
「そう、じゃあ行ってらっしゃい。」
「行ってきます。」
 何気ない朝の光景。この何でもないやり取りが朱美は何故か大好きだった。朝のすがすがしさのせいかも知れないが、不思議な幸福感が彼女を包んだ。
 結婚してもう5年になる。夫、三浦康志は大手旅行代理店に勤める26歳。朱美の一つ年上で、大学時代に知り合い、21歳で彼女は大学を辞めて結婚した。ツアーコンダクターの彼は、仕事柄、家を空けることも少なくない。子供のいない彼女にとって、そんなときに唯一側にいてくれるのが、姉の奈緒であった。4歳年上の彼女は、朱美にとってはたった一人の血のつながった存在である。両親は、朱美が19歳の時に交通事故で亡くなった。悲しみに打ちひしがれている朱美を奈緒はいつも励ましてくれた。そしていつも同じ歌を歌ってくれた。

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中嶋美和

 トゥルル、トゥルル、ガチャ。
「あっ、もしもし、お母さんでーす。元気? 突然だけど今度の週末なんか用事ある?」
「えっ、どうしたん。」
「横山のおばちゃんから電話があってな。今年はすごーいいっぱい蛍が飛んでるんだって。去年有理さんが入院してるとき蛍が見たいって言ってたのを覚えとんさって、見にきんせぇってわざわざ知らしてくれんさったんよ。もし暇だったらかえってきんせぇなぁ。」
「ほんとかぁ。」
「多分今週あたりが見られる最後のチャンスだと思うって。」
「う〜ん、考えとくわ。」
「うん。じゃあまた決まったら連絡して。じゃあね。」

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安らぎを……

森美賀

   プロローグ 心の叫び 西の空がうっすらと紫色に染まる頃、私はふっ、と下を見下ろした。
  街がなんだか騒がしい────。
 ……そうか、今日は十二月二十五日、クリスマスの日だ。
 暖かい明かりに色どられた街に、いろんな人があふれている。
 サンタの恰好をした売り子やオルゴールのようにくるくる働く喫茶店のウエイトレス。 そして、キャンドルライトをはさんでみつめあっているのは淡い恋人たち。
 みんなとても楽しそうに……、そして幸福そうにこの日を生きている。
 一生懸命、生きている。
  ────でも、そこからすーっと視線を上げてみると……

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想い出草

加藤美佳

 慶子は大阪ミナミの雑踏の中にいた。つい先程まで久しぶりに友人の弥生と清美の3人で飲みに行っていた。心斎橋で2人と別れた後、道頓堀川に映る赤い灯・青い灯を眺めながら、先程話していたことを思い返していた。
「弥生と清美にはすごく迷惑かけてしまったなあ。大学も休みがちになっとったのに、2人のおかげで前期試験の時も助かりました。ほんまにありがとう。」
「夏休み明ける少し前じゃったけーねえ。いろいろ忙しくて大変だったねえ。ただでさえ、レポートやら試験やらで大変な時期だったのに・・・」
「清美ともよく言っとってんけど、慶子ってほんまに真面目やし、強いよなあ。悲しみを忘れようと思って必死やったんやろうけど、私らの前で全く弱いところみせへんもんなあ。いつも明るく振る舞ってて。」

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愛のある風景

堀口奈月

 昔からの友人と話すときって、なんで言葉使いまで昔に戻ってしまうんやろ・・・・・受話器から聞こえてくる親友の声を聞きながら、御木はぼんやりとそんなことを考えていた。
 電話の相手は水谷という。御木と水谷は、中学二年の時知り合い、今に到るまでの十年間ずっとつるんでいる親友同士である。大学こそ分かれ、就職もちがうところへしたが、手紙や電話が二週間も途切れることはまずない。そして、一旦電話が鳴れば、最低でも二時間は受話器を握ることになるのである。それは、中学時代からの、ふたりの常識であった。
「聞いてる!?御木! またボーっとしててんやろ」
 水谷の「聞いてる!?」は、本日五回目である。ずばりいいあてられた御木は、大急ぎで宙にさまよいかけた思考を会話に引き戻した。
「なんでじゃ。ちゃんと聞いとるって。関口とけんかしてんやろ」
 深くは聞くなよ、と半ば祈るように言うのも五回目である。

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夢の中で……

小野あゆみ

 青空がナイフで切り裂かれ、扉の奥で生木の裂ける音がして、街中のガラスが一瞬に割れだし、畳の上に降ってきた。
「夢か……」
 哲太は左目をこすりながらテレビの上に置いてある時計をにらみつける。「飲みすぎたかな。」と一言呟き舌打ちをする。「だるいな。」「頭痛いな。」と独り言を連発。幻想と現実の間に立たされ、どちらを信じるべきか解からない状態がしばらく続いた後、午後1時43分を確認し、畳の上を確認する。勿論畳の上にはガラスの破片など無いのだがつい見回してしまっていた。最近目覚めの良い朝はなく、いつも寝起きの悪い哲太。今日一日何をしようか考え中である。

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サクラ

石井雅美

 「はぁ、寒い……」
もう春が近いというのに今日はすごく冷え込んでいる。あー寒い。そりゃ、今、私達がいる所は都会から離れているし、少し高台だから、仕方ないっていうのはわかってるけど、寒いって言わなきゃ立っていられないほど寒いんだこれが。で、最悪なことに私は風邪気味、昨日は熱でうなされて、ベッドの中でウンウン言ってた。
 なぜ、女子大生の私がこんな所にいるかというと……バイト。工事現場で交通整理。てっとり早く言うと警備ってやつ。
「えっ、バイト? ん〜、あるよ。行く?」
 友達のこの言葉に、内容も聞かずに頷いた自分が恥ずかしい……えーい、一人暮らしは大変なんだ! ……というわけで今日が初出勤。風邪だろうが休めません。昨日よりは楽だしね。

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夏の出来事

小柳早知子

 今になって思えば、早太を愛していたあの頃なんて嘘だったのかもしれない。きっと、私は愛なんて知らなかった。
 夏だった。私は早太と出会ってすぐに、恋におちると思った。あれはもう4年も前のことだ。早太に想う人がいることを知るのにも、早太が私を気に入るのにもたいして時間はかからなかった。私たちはそれくらいの距離にいた。初めの頃、私はよくある恋のはじまりを彼と共に楽しもうと思っていた。それが無理なことだとわかるまでに1年かかった。彼に私は若すぎた。彼は、私が彼のものにならないことを知っていたし、自分が私のものにならないことも知っていた。私は早太を愛していた。そう思っていた。けれど、その1年間私は彼への執着にうつつを抜かしていた。ただそれだけのことだったのかもしれない。あれから、2度夏が過ぎ、私は何度か恋をした。

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他人

名村かほり

 理紗は皆に好かれている。彼女の周りにはいつも誰かがいて、彼女はとても幸せそうだ。彼女は私のように孤独を感じたことはないだろう。私はそんな彼女がうらやましくて、大嫌いだ。 私と彼女は高校生の頃からの親友である。知り合ったのは、高校に入学して間もない頃で、隣の席になったのがきっかけだった。彼女は目立つタイプではなかったが、美人だった。偶然に同じクラブに入ったこともあって、私たちはすぐに仲良くなった。
 「同じ大学に入って、一緒に暮らしたいね。」
何気なく言った私に彼女も乗り気で、
 「じゃあ、私はご飯作るから、香菜子は掃除洗濯頼むね。」
と言って笑っていた。

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樹海

西野宏志

 今朝も目覚めが悪かった。今でもまだ、鉛のように重くて、怠い。何処がどう悪いのかも分からない。自転車のペダルも、なかなか、思うように運ばないし、そんなことに構ってしまう事自体、煩くって鬱陶しい。交通事故に遭うなら、きっとこういう気分の時なんだろう。遭うなら今だ。ぼんやりそんなことを考えながら、市立図書館に向った。 館内の冷房はきつかったが、自転車を漕いでだらりと気持ちの悪い汗をかいていた僕には、ひんやりしてちょうど良かった。でも、そうはいっても、額やら首回りには、次から次へとじめりとした汗が滲み出てきた。
 日頃見ない若い人達が結構いた。
 がらんとした吹き抜けのロビーのソファーには、自習室にあぶれたのかそれとも集中力が切れたのか五・六人の高校生が腰を下ろして煙草を吹かしていた。あまり愉しそうに見えなかった。隣に座って一服をした。

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編集後記

 平成9年度も、国語学特論Uでは、小説の創作を夏期休暇中の課題とした。これで、6年間続けていることになる。書きっぱなしでは仕方がないので、回覧し、互いに批評しあい、作品を推敲して、このように作品集を作っている。

 本年度は、受講者が各作品の批評文を書いてワープロで入力した。そのフロッピーを野浪がパソコンに取り込んで、批評文を各作品ごとに並べ替えて、批評文集を作って配布した。今までは、B4用紙を8分割して批評文を書き、それをコピーしていたから、詳しく書けないし読みにくいし嵩張るしだった。だから、まぁ進歩である。

 受講者がワードプロセッサで打ち込んだ作品原稿を、野浪がパソコン上で編集し、版下を作った。演習室に集まって、リソグラフで印刷し、大型ホッチキスと両面テープを使って製本した。
 今までは、B5版縦書き上下二段組で、普通の紙面構成をしていたが、本年度は横書きを採用した。「小説を横書きで読むなんて」とお思いの読者もおられるだろうが、一つの実験である。
 文学性と紙面構成とは、多くの読者にとって本当に密接に関係しているのだろうか。それを調べてみたいというのが、積極的理由の一つである。消極的理由は、受講者の初稿の多くが横書きであって、アラビア数字が多用されていた。それを漢数字に変えていくのが面倒だったからである。積極的理由のもう一つは、このアラビア数字に関してである。漢数字に変えてしまうとニュアンスが変わってしまう数がアラビア数字で表記されているとき、縦書きは採用しにくいのである。村上春樹の『風の歌を聴け』に出てくるような積極的な意味を持たない数は、本当は半角のアラビア数字が適しているのではないかと思う。

 平成9年度は、「最初の」締切日に提出された作品は、なんと、零であった。(学生の気質が変わってきているのだろうか。先輩たちの作品群に圧倒されて筆が進まなかったのだろうか)どうなることかと案じたが、締切を過ぎてぼつぼつ作品が出てきた。結果、16編76頁という作品集となった。
 本年度作品の特徴は、初稿と二稿とに明らかな進歩が見られることである。読者が書いた詳しい批評が、作者にとって推敲時点で大いに役立ったのであろう。とともに、自らが読者として批評文を詳しく書くことで、自らの作品の質も向上したのだと思われる。

 読後の感想を執筆者に伝えていただけるならば、幸甚これに勝るものはない。

(野浪 記)  

詩織  平成9年度号

平成10年2月5日      印刷・製本               
平成10年2月6日      発行                  
編集・印刷・製本・発行  平成9年度大阪教育大学国語学特論U受講者
代 表          野浪正隆                
住 所          〒582 大阪府柏原市旭が丘4-698-1    
             大阪教育大学 教員養成課程       
             国語教育講座 国語学第2研究室     
電話番号         0729-78-3537(直通)           
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草稿に対する批評集

 初稿の回覧時に各自が書いた批評集です。これが決定稿に多分反映されたのでしょう。

中嶋美和「蛍」への批評


 まず、題名が変わっていたので、どんな話なのかなあ、おもしろそうだなあ、と読む前から興味がわいてきた。題名や出だしは読者が最初に触れる場所であるから、その点からいっても、この作品は題名・出だしともに慎重に構成されていて、読者の興味を充分にそそるものであってのでよくできていると思う。
 この作品の主題は、少し行の内側に書くという工夫がみられる“綾子の言葉”にあると思う。また、プロローグの部分に「夢は一度経験したこと、自分が気にしていることが出てくる」とあるように、美奈は綾子の死を受けとめることができずに苦しんでいたために夢を見続けていたのである。きっと美奈は綾子の死に対していろいろな思いを抱いていたにちがいない。親友として相談してほしかったであろう。もっと早く綾子の苦しみに気づいてあげればよかったと後悔しているであろう。美奈は立ち直ることができたからこそ目が覚めたのであり、最後に涙を流したのだと思う。

…………[ 加藤美佳 ]



 蛍とりをした幼年時代のことを、ただしたことを序列したり蛍の様子を描写するだけでなく、もっと幻想的に表現できたらなぁと思う。北近畿へ向かうための列車の中から見える、車内アナウンスとからめながらの風景の描写は美しいと思った。
 この小説は何て暖かいのだろう。まず実家を離れての都会での生活の不安がとてもよく感じられる。私も一人暮らしなので家族の暖かさを思いだし胸が熱くなった。そして、「自分の居場所」というものが一種テーマになっている話であり、これは人生の中で絶えずふと考えたりするもので、それを主題にしたのが私にはすごくよかった。しかしこの作品は小説として少しおもしろみに欠ける所があると思う。これはノンフィクション?という話は置いといて、もしそうだとしても、もう少し装飾してもいいんじゃないかなぁと思う。読んでて胸にくる場面が多いが事件性に欠けているため、ハッとすることがなかった。

…………[ 岩田智美 ]



 帰省する口実を見付けるお話というイメージが残りました。それが蛍であったり、お爺ちゃんであったりしたわけですが、本当は少し疲れていたのだと思います。その微妙な心理を上手に描いているなぁと思いました。その時に効果を出しているのが電車の中のアナウンスのような気がします。徐々に故郷に帰っていることを示すとともに、自分の気持ちが核心に迫っていくという構成になっていて読み手が主人公と一体になっていくような気がしました。ただ私の好みですが、家に帰りつくところでおわるか、家に帰ってきた主人公がどれほど元気になったのかをもう少しかくと、家に着いたという印象が広がったような気がします。読後感がすっきりしていて気持ちの良い作品でした。

…………[ 吉田恵子 ]



 蛍狩りに行った時の描写がうまい。情景が目に浮かんでくる。ふわふわほのぼのした印象がせわしい実生活と対比されてメリハリがついている。ごちゃごちゃした比喩を使わず、様々な風景や感情描写ですっきりとうまい具合に飾られた文章だ。
 主人公の様々な経験や思いを、電車の中で締めくくったのが効果的だ。だんだん故郷に近づく窓の風景が、入院、復学、不安、感動、と主人公の心の流れと重なり合って、読者もその電車に乗っているような、とてもリアリティのある文章になっている。ただ、素朴でやさしい祖父、それに励まされた主人公の描写がすばらしかったので、最後までこの二人を中心に描いて欲しかった気もする。
 暖かい故郷の存在がとても嬉しく思えてくる作品だ。

…………[ 小野あゆみ ]



 1つ気になったのは、帰ってくると笑顔で迎えてくれる祖父のことだ。『あの笑顔を見るために帰ろうとしているのかもしれない。』と言っているのに、帰ってから祖父は登場してこない。祖父はもう亡くなっているのか、それとも出てこないだけなのだろうか。帰る場所があるというのはよく伝わってくる。ただ、その祖父の存在がうまく生かされていないような気がしてもったいないと思った。
 あと、蛍を見に行ったときの様子がもう少し詳しく表現されていても良いのではないかと思った。何か物足りないような気がした。
 ストーリーは良かったと思う。場面が急に飛ぶので、流れがつかみにくいようにも思うが、分からない訳ではない。それから、電車のアナウンスがたくさん書かれているが、こんなにたくさん書かなくてもよいのではないかと思った。必要なのかどうなのかは良く分からないのですが。

…………[ 小柳早知子 ]



 とてもしっとりとした、落ち着いた、統一感のある文体だったので、読んでいて安心できました。
 風景描写と主人公との心理の絡みあわせが上手で、田舎の美しい風景が引き立っていたと思います。
 旅なれて(?)いるのか、列車のアナウンスなども正確で、私まで旅行しているような気分でした。
 とても郷愁あふれる作品だと思います。主人公の不安と、それを支える故郷という設定が、とても暖かみがあってよかったと思います。

…………[ 森 美賀 ]



 この作品を読んで、私はすごく懐かしい感じを受けた。私も一人暮らしをしているので、久しぶりにふらっと実家に帰りたくなるし、両親や姉妹や祖父母の顔が見たくなるし、声が聞きたくなったりもする。だから、作品の中に自然にはいっていけた。実家に帰るまでの電車の場面の時間の描写が特にいいと思う。車内アナウンスと並行して変化していく主人公の心理描写が読んでいる人を飽きさせない。少し残念に思ったのは、私は祖父と主人公との握手が気に入っていたので、主人公が実家に帰ったときに登場させてほしかった。父の言葉で出発するのもいいが、祖父との握手で出発するほうがいいのではないだろうか。そのほうが、作品全体にまとまりがでてくると思う。最後の終わり方は、かっこいい!!!し、余韻が残っていいと思う。

…………[ 石井雅美 ]



 とても温かい気持ちになりました。最後がとても印象的で、よかったと思います。また、有理の心情がきめこまかく追われていて、全体的にとても落ち着いていると思いました。
 学校生活の部分が、もう少しくわしく、いろいろ書いてあれば、「でも少し疲れているのかもしれない」がもっと分かりやすくなると思います。この言葉が、唐突に感じられたので。あと、実家へ到着してからの様子、特に蛍を見に行った場面も、もう少し長くとって欲しい気がします。はじめの、回想の蛍のところがとても美しく描かれていただけに、この場面の蛍ももっと読みたいです。

…………[ 堀口奈月 ]



・要領のよい説明だと思う。(直前の電話の方言を使った会話描写が効いているのだろう。)
・「小さいころは」の説明は不要だろう。「ほたるこい」からはじめてるほうがいい
・「幼心にも……」は、現場から離れてしまうので、工夫すべし。
・おじいちゃんの人物設定部、説明が多い。評価まである。大相撲のエピソードのようなのをもう1つ2つ。
・ガイダ ンスの場面が盛り上りに欠けるし、尻切蜻蛉のように感じる。もう少し書くべし。
・蛍の場面も、短すぎる。
・「またかえってきんせぇ〜よ」と文末抑揚を書くべし。
結局、おじいさんのエピソードが他との関係を持っていない。一つのエピソードを充実させること。

…………[ 野浪正隆 ]



 最初の場面のラストで「あれからどうなったんだろう・・」から次の会話文へのつながりが少し唐突なように思います。車内から見る景色の描写ももう少し少なめでいいと思いました。構成面では、電車の乗車時間内の回想という設定がとてもうまくいっていると思います。ただ有理の祖父はどうなってしまったのかが気になります。回想のなかで祖父はとても重要な役割をもっているようなのに、結局最後まで登場しなかったので、どうしてだろうと思いました。「蛍」という要素はこの作品のイメージを作り出すのに効果的に使われているように思います。そういう点から、テーマがとても伝わりやすくなっているのではないでしょうか。最初の方は少し有理の心理がわかりにくかったのですが、それが読むにつれて少しずつわかってきて、とても良かったです。

…………[ 名村かほり ]




大須賀 幸樹「Dear My Sister」への批評




 会話文をうまく取り入れ、読み易い文章であった。テレビのドラマでよくありそうな内容だとは思ったがおもしろかった。
 構成としては、現在→現在にいたる経過→現在とその後、となっている。プロローグとして現在から構成すると、読者を「なんでこんな状況になったの?」と思わせて引き付けることができる。しかしこの作品においては、『彼は、私だけのもの。・・・・・』『それがたとえ誰であっても・・・』というつぶやきを入れてしまっていたので、だいたいのストーリーの展開の見当がついてしまったので、ドキドキしながら読み進めていくというよりは、確認する気持ちで読んだというのが正直なところで、そこが少し残念だった。また、「不審に思った」「無邪気に」「安堵した」など直接的な表現が多いので、もっと風景や登場人物の行動などから心理描写をした方がいいのではないかと思った。
 奈緒と康志の会話がいかにもこっそりと話しているという雰囲気がでていて、工夫されているなあと感心した。

…………[ 加藤美佳 ]



 プロローグの「彼は、私だけのもの・・・・・たとえ誰であっても。」という部分を読んで、話の内容・結末がどうなってしまうのかがわかってしまったのが残念だ。奈緒と康志が二人でいる部分は、段落が変わっていて、何か暗い部屋のベッドの上での会話というイメージが浮かんできてよかった。
 一番信頼していて好きだった人物に裏切られた時の気持ちが、姉を殺すということまでさせたということがよく伝わってきた。そしてそれが、最後の朱美の言葉や、題名である「Dear My Sister」という所に表れている。奈緒や朱美の心情が、直喩で描かれすぎていたのでもっと風景などに関連させて、読者が心情を推測するという工夫をこらしてもよかったのではないかと思う。例えば、朱美が奈緒のマンションに来た時のことを辺りが暗いというだけではなく、周りの風景を描写して朱美の心の不安さを表わしたりしてもよかったと思う。

…………[ 岩田智美 ]



 「姉になっている」これが私の第一の感想です。できていない私が言うのもおこがましいのですが…。文章は筋に沿ってテンポよく進んでいくのでとても読みやすかったです。ただ、題名「DEAR MY SISUTER」と最初の冒頭部だけで筋が、姉に裏切られて 刺しちゃったんだ、と分かってしまいました。もう少しひっぱってみてはどうでしょう?たとえば朱美の側だけを文章化し旦那に直に言うのではなく、旦那の外からの電話から聞こえる周囲のこえとかから、勝手に想像して思い詰めていくなど、朱美の殺意にもっと重点をおいて、実は姉だった…などして少しひっぱれる気がします。最後死んじゃうところですが、朱美はどっちが大切だったのかはっきりさせたほうがいいような…(好みの問題ですが)気がします。何にせよ、早くできて羨ましい、これが私の感想です。

…………[ 吉田恵子 ]



 まず気になったのが前置きである。ふたつあることによってどちらも曖昧になり、インパクトが弱まってしまった。どちらかひとつに重点をおいたほうがいい。
 一人一人の人物描写は明確にできているが、朱美は単純すぎると思う。あまりにうまくまるめこまれすぎだし、楽天的に描かれていたわりに突然のように康志を疑い、相手の女に殺意を抱く切り替わりが早すぎる。もっと前置きが必要だ。
 セリフについてだが、全体的にズバズバものを言い過ぎる気がする。例えば冒頭の「彼は私だけのもの。決して〜」など、呆然と立ち尽くしているわりにはしっかりしすぎている。単純で説明文のように感じる。もっと想像力を掻き立てるような、遠回しな表現を。まとめよう、という意識が強すぎたのかもしれない。
 この物語のポイントは、唯一肉親であり、信じていた姉に裏切られた妹をどのように描くかだと思う。そのあまりのショック大きさによってあの結末があるのだから、それをひきたてる要素がもっと欲しい。例えば時間の幅をもう少し広げ、昔からの姉妹の絆やエピソードなど、姉妹愛を強調したほうが後のショックがひきたち、物語に奥行きがでてくるのではないだろうか。

…………[ 小野あゆみ ]



 まず、ストーリーの組み立て方はこれでよいと思う。ただ、人物の描写は分かりやすかったのだが、彼らの心理面での描写は今一つだったように思われる。朱美の康志に対する心理があまりにも急に変化しすぎであるし、3人の心理が少しずつ描かれることによって、中途半端に表現される形になっている。そのため、全体的に少し分かりにくかったと思う。 また、個人的に文頭と文末に同じ文章を用いるのは好ましく思えない。間違っているとは言えないが、少し気になる。
 最後まで読み、夫である康志はどうなってしまったのか、朱美は彼をも殺してしまったのだろうか、疑問が強く残った。

…………[ 小柳早知子 ]



 なんだか火曜サスペンス劇場みたいで、すごくおもしろかった。最初の場面から、興味をひきつけられてしまって、最後まで一気に読んでしまった。会話を中心にして話は進んでいくが、会話がよくできているため状況を想像しやすく、自分なりにイメ−ジできた。会話を表現は、単純になりがちで気持ちをそのまま表現しがちなのに、特に朱美と奈緒の心の中の複雑な気持ちも、会話の中によく表現されていると思った。男性なのに、女心をよく理解しているなと不思議に思った。時間の経過の表現も、分かりやすくて、全体的によくまとまった作品であると思う。

…………[ 石井雅美 ]



 冒頭部の描写がとても感じがよく伝わってきて、よかったとおもいます。読者を物語りに引き込むという点でも、うまいと思う。しかし、その冒頭のせいで、読みだしてすぐに、朱美が奈緒を殺すことになる、ということが分かってしまうのは、残念な気がします。
 細かくなりますが、冒頭部の次に、「今日は・・・・外で食事でもするか」と来たのでそのセリフに意味があるのだろうと思ったら、それから外食の話が出てこなかったのが、よく分からなかったです。このセリフはなんだったのでしょうか。
 会話描写、という点で言うと、夫婦二人の会話が、なんというか一般的な夫婦像をうまく描きだしている、と思いました。

…………[ 堀口奈月 ]



 話のすすめ方が上手だと思います。ただもう少し、朱美の不安感が増大していく様子と朱美の康志に対する気持ちが克明に描かれていれば、朱美が殺人を犯すまでに至ってしまった気持ちがわかりやすくなると思います。また、奈緒の心理も少し矛盾しているように思いました。朱美を不安にさせないでほしいと思う反面、朱美に夫婦仲がうまくいっているのかどうか尋ねるところが理解しにくいです。話の組み立て方は上手だと思いました。

…………[ 名村かほり ]



構成:額縁構成にした工夫は良いと思う。
   冒頭から筋が見え見えなので、引き付けられない。
   もう一人疑惑の相手を作るとかすればいいと思う。
叙述:「それには目もくれず」や「何かにとりつかれたかのように」   などの慣用表現が臭い。
   人物描写が会話描写だけなのが寂しい。記述や説明だけで人物設定しているので、リアリティを感じにくい。朱美の限定視点と語り手の全知視点を組み合わせて使っているが、ストーリーに急かされて無理矢理使ったという感じがする。効果的でない。

…………[ 野浪正隆 ]




名村かほり「他人」への批評




 内容的にとてもすばらしいと思った。人間は誰でも、人がもっているものの方が良く見えるものである。そしてそれはものにかぎらず、性格についてもいえるのである。特に女性の方がそういうものに対するねたみが強いと思う。親友がもっているすばらしいところは素直に認めてあげたらいいということは頭ではわかっているのであるが、やはり妬んでしまうのである。そして、後になってその妬んだ自分自身の醜さに再び嫌気がさすのである。これは、特に女性であれば誰でも経験している身近な話であるからこそ、納得できるストーリーなのだと思う。
 最後に主人公の香菜子が人間的にとても成長し、一皮むけたところを書いているのがよかった。やはり、この作品のように主人公の 心の成長=大人への大きなワンステップ というような《変化》を遂げた結末にすると読んでいても気持ちのよい後味でとてもすがすがしいく感じることができる。
 この作品では優人が鍵となる人物になっていると思った。それから、この作品の題名が「他人」となっているが、ちょっとピンとこなくて、理解できなかった。

…………[ 加藤美佳 ]



 人間の内面に潜んでいる本当の姿がよくうかがえる作品だった。「私たちの共同生活はとてもうまくいっているようにみえた。私が理紗のことを憎んでいることを除けば・・・。」という文章は文章的に成功していると思う。
 友達の恋人をとったり、友達の不合格を願ったり、そんなひどいことをした香菜子の心の内面の叫びを、最後の部分でもっとぶつけたらよかったのに、と思う。優人に打ち明けているが少し物足りないような気がする。
 そして理紗はこれに書かれているように本当にこんな心の清い女性なのか、という疑問が残った。なぜかというと実際こんな女めったにいないと思うからだ。役柄上、そのようなキャラクターなのだが、少し極端すぎるのではないか。「他人は他人」といいたいんだったら、もっと理紗の心情を描写する部分が必要だと思う。「香菜から見た理紗」ばかり描かれていて、それは上辺の理紗であるかもしれないからだ。しかしこの物語は、香菜子が書いている文章という設定だからそれは当然なのだろうが。

…………[ 岩田智美 ]



 構成がしっかりしていて、理紗が事故にあうまでの場面の盛り上がりがとても分かりやすく良かったと思います。私はこの物語の香菜子の心理がとても好きです。だれもが持っている心理だと思うし、衝動だと思うので読んでいて共感を持てました。1つどうでもいいことなんですが、時間の設定で時が早くたつんだなぁ、と思いました。だからなんだっていう気もしますが、少し気になりました。

…………[ 吉田恵子 ]



 話を細かく区切りすぎ。特に始めの方はもっとまとめた方がいい。それと、同じ大学を受けて香菜子だけが受かった場面、少し浮いている気がする。もっと始めにいれるべき。
 香菜子が理紗を嫌っていることを強調しすぎではないだろうか。同じことを違う言葉で表現している気配りは感じるが、少ししつこい気がした。香菜子の描写があまりできていないのに、思いや行動が突っ走ってしまい、少し話が急すぎた。言い換えればやや単純。香菜子のもっと広い心理描写が必要だと思う。

…………[ 小野あゆみ ]



 全体的に好きだ。ストーリーの組み立て方が上手だと思う。最初から最後までずっと香菜子の視点で統一されているので読みやすいし、心理描写も適度にされていてわかりやすかった。香菜子と理紗の女同士の友情がとても自然に描かれていると思う。憎しみなどの感情もうまく表現されていていいと思った。会話描写も適量で、香菜子と理紗の性格の違い何かもよく出ていて良かったと思う。
 段落が一つ一つそんなに長くならずにかわっているのにとぎれとぎれになっていないのがうまいと思った。
 最後から2つ目の段落の『あの言葉の意味をよく考える余裕ができた今、〜だったのかもしれない。』という文章は、つながりかたがおかしいと思う。今、「〜だったのかもしれない」と思っているのだから、そう記述する方が自然じゃないかなあと思う。
 最後、香菜子と理紗と戸田君の関係はどうなったのかなあと少し気になった。

…………[ 小柳早知子 ]



 主人公の複雑な気持ちが、分かりやすくとても共感をもって読めました。複雑な心境が、分かりやすく描かれているからだとおもいます。「暑すぎて、波の音もいつもより遠くから聞こえてくるようなきがした」等、臨場感のある描写もいくつかあって、場面が思い浮かぶようでした。
 ただ、最後の方にもう少し言葉が欲しい気がします。主人公が優人の言葉の意味を理解する経緯や、行き着いた答えの部分を、理紗の入院中の主人公の様子も含めてもっと読みたい気がします。

…………[ 堀口奈月 ]



 題名が思いつかなくて苦労しました。改めて読み返してみると、心理的にも、行動的にも主人公がいまいちよくわからない人物になっているなと思います。全体的に中途半端な感じがしました。

…………[ 名村かほり ]



 戸田君との1時間の電話がきっかけだとすると、その内容がないと、飛躍してしまう。
 それから、香奈子の感じだけだから、そういう現実かどうかは分からないけれど、戸田君が香奈子に傾くとしたら、性格や人柄といった点によるものではないだろう。そこを書くべきではないか。色仕掛けとか。事故はいいとして、香奈子の行動が変。もう少しドラマティックでないエピソードで作る方が良いかもしれない。

…………[ 野浪正隆 ]




西野 宏志「樹海」への批評




 この作品を読んだ第一印象ではダイナミックさを感じた。最初の方を読んでいるときは、恋愛小説なのかなあ、と思った。しかし、主人公が自己を見つめる、青春期特有のイラダチや焦燥感・不安といったものを描いた話であると思った。
 この作品のテーマはやはり題名の「樹海」にあると思った。樹海とは、一面に広がって上から見ると海のように見える大森林のことである。見えない「僕」の未来、そして、自分という人物像に対する不安や焦り、そういうもの全てを抱えている「僕」の心が「樹海」なのだと私は解釈した。そして、「樹海は遥か遠く・・・氷りついたように寒い。」と言うところがキーセンテンスだと思った。
 全体的に比喩表現が多い。とても大胆な表現を用いているのはいいと思った。しかし、逆に比喩表現が多いことによって、流れのスムーズさを失っており、難しく感じることも事実である。
 また、全体的に描写が細やかで、特に出だしはイメージが沸き易くて良かったと思う。

…………[ 加藤美佳 ]



 作品を一度読んだだけではなんなんだろうと正直に思ってしまいましたが、2度目を読むとおもしろさに気づき3度目まで読んでやっと話が分かりました。するめみたいな奴です。(失礼かな?)この作品の凄いところは主人公の行動描写がしっかりされているところだと思います。しかも身体に関することばかり。そのため自分を客観的に見すぎてしまう主人公がよく伝わりました。さて好きな人ができても実際に何もできない人の想像恋愛(?)とアイデンティティの確立できない人間と、生命が知らないところで消えていること、などなど私が気づいただけでもおもしろい素材がたくさんあって1つ1つに考えさせられましたが…多分短すぎたのだと思います。もっと、もっと書いてくれると分かりやすくなるし、個人的に物事や問題を語り続ける作品って好きやし…ということで、もうちょと長い西野節を読みたいというのが私の感想でした。

…………[ 吉田恵子 ]



 最初読んでいたときは、別に何も感じなかったのですけれど、だんだん、私には考えもつかないようなことを考える人だなぁと思いました。
 構成もですけれど、その発想がです。良い感性を大切にしてください。

…………[ 森 美賀 ]



 主人公の行動描写や、情景描写が細かくて、様子が思い浮かびやすかったです。主人公の性向というか、人物造型が、話の背後に感じられるようでした。
 全体として、何か独特の空気が漂うような不思議な印象が残り、それはそれで、感心するばかりですが、主題や、出てくる要素のひとつひとつの意味が、私にはよく分かりませんでした。分からないままでいいような気もするし、それが分からないことには批評のしようがないような気もします。

…………[ 堀口奈月 ]



 なにか独特な雰囲気を持つ作品だと思いました。様々な要素があって、関連性があるのかないのかわからないままに放り出されているような印象を受けました。太陽とか恐竜とか月とかそういった要素がどういう意味をもっているのか考えたくなるのですが、いくら考えてもつかめなくて、最後まで読めばわかるかなと思っていたのですが、やっぱりわかりませんでした。もし構成を起承転結にたとえれば、ずっと起と承ばかりで成り立っているような作品ではないかと思います。

…………[ 名村かほり ]



 樹海というタイトルが、どうにかならんかと思う。
 触覚・味覚の描写の多様は、成功しているように思う。
 説明部分をもっと削れば、いいと思う。例えば、1行目、「今でもまだ」 4行目、「課題に〜集めに」 16行目、「無造作に」22行目、「平気で、いつも」 29行目、「彼女は誘われるように」 下段1行「二、」「ぽんと前の」 14行「いつでもそうするようにここから」など。他にもあるが、省略。
 全体的に、面白い作品だと思う。村上春樹的だと思うけれど。

…………[ 野浪正隆 ]




根本智樹「おれ達北小悪ガキ軍団」への批評




 小学生が、大人達がどうでもいいと思うようなことを必死こいてやってる姿がかわいらしく、又懐かしくもあった。話としてはまとまっているが、もっと読者に考えさせる部分があってもいいと思う。一番最後に裏山まで走っていく場面の登場人物の心情を複雑に書き表したら、読みおわった時の印象が違うと思う。それか、川端のおばあちゃんの反応(予想と違う反応)を、「おれ」と「大介」は見てないのだけれども書いた方がおもしろいのではないかな。

…………[ 岩田智美 ]



 読みながら、「おるおるこんな悪ガキ」と懐かしくなりながら読みました。(ちなみに川端のババアも町内に一人はいる。)読んでいくと1つ1つに納得してしまって、はっと気付くと終わってしまいました。できたら川端のババアがどうなるのか最後まで書いて欲しかったです。走っている途中でぷちっと切れてしまったように感じました。できたら最後まで書いて欲しいと思いました。
 ピンポンダッシュはやっぱり全国共通なんですね。どうでもいいけど…。

…………[ 吉田恵子 ]



 情景、人物等の描写が的確でテンポよく、読んでいて頭の中に様々な絵が浮かんできた。個性的なキャラクタ−が多く、スト−リ−もまさに悪ガキ達の笑えるいたずらで、ある意味懐かしい気持ちになった。大人から見ればつまらないようなことを、夢中になって笑ったり考えたり、純粋な子供心がとても上手に表現できていると思う。唯一残念なのが終わり方だ。川端のババアにボ−ルを取られてから仕返しを考え、実行するまではおもしろおかしく、かつポイントはちゃんと押さえて書かれているのに、最後の最後が「えっ、これで終わり?」という感じがする。仕返しを実行した後どうなったかがひき続いてクライマックスだと思うので、そこを書かないとこの小説は未完成だと思う。

…………[ 小野あゆみ ]



 おもしろかった。小学校5年生の悪ガキ軍団が、川端のババアに仕返しをする様子がテンポよく描かれていてよかったと思う。最後に、川端のババアが仕返しを受けてどんな反応をするのか、それを見て悪ガキ軍団の子供たちがどんな気分を味わうのかまでを書いてあったらな、と少し思った。あの場面で終わるのが良いのかもしれないけれど。
 人間描写も、心理描写も会話描写も風景描写もバランスがとれていて、全体として読みやすくまとまっていると思う。
 子供たちの様子がとても生き生きと描かれていて、6人の性格もうまく違いが出ていてかわいかった。一人一人の特徴が、ちょうど良い具合に描写されていてうまくいっていたと思う。

…………[ 小柳早知子 ]



 良かったと思う点は、子ども達が手分けをして一丸となって仕返しをするときの緊張感や、逃げるときの爽快な気持ちとかがうまく描かれていた点です。毎日が変化と冒険と感じている子どもの日常ををテーマに採ったのはおもしろいと思いました。
 かえたほうがよいのではと思う点は、ババアに仕返しを企てる動機の点です。ババアがしたことはボールを取ったまま返さないことと、話し声がうるさいと文句を言ったことです。主人公たちにとっては大事件かもしれないけれど、もう少し主人公たちが仕返しをしたくなるような事件を加えたらおもしろいと思います。また最初の人物紹介のとき「ここで、5年生のおれとカッちゃんと、ゴンと、(略)」という文章がありますが、名前を並べるだけだと誰が誰だかわからないし印象も薄いので人名が出てくるたびに見返してしまいました。この文章の中かこの近くの文章にほんの一言でいいからその人物をイメージ出来るような言葉をつけたほうがいいと思います。

…………[ 中嶋美和 ]



 小学四、五年生という設定がぴったりで、牛乳キャップや、うまい棒、ピンポンダッシュといったその世代独特の文化が、うまく活きていてなつかしい気持ちまでしました。
 細かいですが、気になったのは、作戦会議をした日から「来週の火曜日」までにあったはずの何日間かが感じられなかったことです。彼らがその日までどんな気持ちで過ごしたか、「川端のババァ」とは何も無かったのか、触れて欲しい気がします。
 いい意味で、もっと続きが読みたい、と思いました。

…………[ 堀口奈月 ]



 会話表現と行動描写がとても上手だと思います。話の流れもスムーズで、スピードがあり、面白かったです。視点の置き方も常に一定で、人物描写も説明が多すぎず、読みやすいと思いました。構成面においては、場面の順番は良いと思うのですが、いたずらを実行する場面が短くて残念でした。もう少し、続きが読みたいです。

…………[ 名村かほり ]



 「尊敬する原選手のためにも……がんばらなければならないと」は、「がんばらないと」でしょう。
「大介は目を線にして、べたーと笑った」は、うまい。
直前の川端のばばあの説明があるから、この笑いが、逆境の未来を知らぬ笑いになっている。それに、よく見える描写である。
 ストーリーは、こんなものかな。
ここまでの叙述がかなり説明を加えて読者に親切だったのに、犬をほうりこんで終わりでは、埋められないなにかが読み手に残ってしまう。不親切といってもいい。別に、ばばあとの和解や先生に叱られるという結末を期待するのではないけれど。

…………[ 野浪正隆 ]




堀口 奈月「愛のある風景」への批評




 二人の会話がテンポがよくて、まるで漫画を読んでいるようだった。女同士とは思えない口調だったので、途中まで片方が男だと勘違いしていた。しかし最後には、女同士の友情を感じる作品だった。陰険で上辺だけではわかりにくい女同士の友情を、このようにテンポのよい二人の言動により表現できていた。しかし、テーマは果たして女の友情だったのだろうか。わからないけど、小説として心に残る何かが足りないように思う。
 最後に御木が関口と見合いを設定して、そして水谷の愛を確かめるという作戦の設定はおもしろかった。しかも、水谷が直に関口のことを愛していると言わなかったのも、水谷のキャラクターが出ていてよかった。
 最初の二人のTELで「宙にさまよいかけた思考を会話に引き戻した。」や、「今求められているのは、水谷が二食分……御木は混乱していた。」や、公園で「全身の血が……音が聞こえた。」などの表現が、私自身の生活の中でよくあることなので、それをこのように上手く言葉で表現できている所がすごいと思う。

…………[ 岩田智美 ]



 作品にリズムがありテンポよく物語が進んでいくので、読んでいて退屈さなど全く感じずに最後まで読み終わりました。(最後の最後まで御木が女だと気付きませんでした…どうでもいいことですね。)あと、久遠の迷?!「せりふ」の場面でもう少し久遠の描写を入れて、いかにくさい奴かを分かりやすくしたほうが、作品の終わりの方が落ち着くんじゃないかなと思いました。読後感がとても良かったので、うまいなぁと感心しました。

…………[ 吉田恵子 ]



 叙述はうまい。会話文やその他の描写がうまいタイミングで、程よい量で書かれていると思うが、御木と水谷の言葉づかいが気になった。大阪弁で書くのは独特な雰囲気がでていいと思うが、あまりに汚すぎる。”彼氏””彼女”という言葉が出てくるまで二人は男だと思っていた。泉州弁であろうが、作者にとっては親しみやすくても、読者には不快感を与えかねない。ここ、というポイントにだけ使ったほうがいい。
 見合いらしからぬ見合いをして彼氏への愛に気付くという設定になっているが、そこに達するまでの準備の場面の内容が薄いと思う。話の筋は現実的なのに、見合い相手や水谷がリアリティに乏しい。現実的にするか空想的にするか、どちらかに統一しないと軽い文章になってしまう。
 最後の御木が関口と見合いする予定だったがキャンセルになった場面、あまり意味がないと思う。そういう場面に持ち込むのなら、御木と関口は一度くらい会ったことがあることにしたほうが自然ではないだろうか。

…………[ 小野あゆみ ]



 読み初めの印象として、人間関係が分かりにくいと思った。性別も分かりにくく、ずっと御木を男だと思って読んでいた。もう少し人物描写を加えてもよかったのではないかと思った。また、会話や心理描写はうまくいっていると思うが、背景の描写が少なかったので、あまり情景が目に浮かばなかった。そのためによけいに話がわかりにくかったのかもしれない。しかし、最後まで読んでしまえば、そういう話だったのかと納得できた。もしかすると、分かりにくいと思ったのは私だけだったのかもしれない。
 他には、最後の方の『・・・向こうがキャンセルしてこなかったとしても、こちらからするつもりだったので、その日はもともと大切な会議が入っているのだ。』という文章が、何か変だと思った。「ので」という接続詞から「入っているのだ」と続くのはおかしいと思う。

…………[ 小柳早知子 ]



 小説全体は、すごくおもしろかった。女同士とは思えない豪快な言葉づかいが、楽しい。歯切れよくポンポン会話が進み、場面が次々と変化するので、読んでいてぜんぜん飽きないし、あっという間に読み終えてしまった。最初私は、言葉づかいや考え方から御木は、男だと思っていた。いわゆる男女の友情を書いているものと思っていた。しかし、読んでいくうちに御木が女と気づき、びっくりしたが、そう思ったのはきっと私だけだろう。登場人物の年齢が近いせいもあって、今の世代の恋愛観がよくでているが、もう少し御木と水谷の恋愛観の差を出したら良かったのではないだろうか?そうすれば、もっともっと変化のある作品になると思うし、二人の個性もよくわかり、絶対に今以上に良い作品になると思う。

…………[ 石井雅美 ]



 実話をもとに書いているので、自分では分かるつもりで書いていても、筋にまとまりが無く、省略しすぎていて、伝わりにくい部分も多々あると思います。
 テーマとして書きたかったのは、一言でいえば、友愛です。大人になっても、中学時代のように、「何より優先する友達」というのが、一人ぐらいいてもいいだろう、というお話です。

…………[ 堀口奈月 ]



 ラストの落ちで、話がうまくまとまっているなと思いました。そう思ったのは、物語のなかに無駄がないからだと思います。とくに、人間ウォッチングと、見合い相手の関係のさせ方については、ダークグレーのスーツ姿の男が見合い相手とわかったときになるほどと納得させられました。また会話表現がいきいきとしておもしろいと思います。心理描写が少ないような気がしますが、会話表現をもう少し、心理描写に置き換えるということはできないでしょうか。

…………[ 名村かほり ]



・会話が面白い。御木の心中描写も面白い。
・冒頭でサスペンスを仕掛けているところがよい。
・久遠のキャラが、いまいち。
・関口と見合いするというのは、ちょっとしんどい。
面白い作品だと思う。女同志の生態が活写されていて。リアリティがあると思う。だから久遠が変に感じる。

…………[ 野浪正隆 ]




柳 浩太郎「マンジ」への批評




 表現がとても自然で、堅苦しくなく、読みやすかった。また特に、リズミカルな会話の部分から、中学生らしい生き生きとした描写がイメージできてよかった。そして、作者の方の野球を愛する思いがこの作品を通して強く伝わってきた。
 この作品は一見、マンガ的で軽いイメージをもった。しかし、それは『アホかー!』『 コラー!』などといった会話文や、「どかっ」「ぱこっ」などといった擬音語を用いているからであって、実際は構成的にもよくできていると思った。「私」がこの野球の模様を傍観している、というかたちで書かれている。また、試合中では1回裏の守備での落ち込みから2回表のキャプテンのホームランでの盛りかえり、そして最後のダブルプレーでの再度の落ち込みといった気持ちや場の浮き沈みがうまく構成されているとおもった。最後の「試合後、〜私は見ていたのだ。」というこの作品の主題に迫る部分は、こんなに直接的に書かなくてもいいのではないかと思った。子供たちの行動やしぐさをもっと詳細に書いたりという描写による表現から読者に想像させてほしかった。

…………[ 加藤美佳 ]



 野球好きならではの作品で、最後まで楽しく読めました。子どもたちの心理をそう書いているわけではないのに伝わってきて、自分の中学時代を思って共感できました。ただ気になったのは「わたし」は誰なのでしょう。ということです。語りべとしての「わたし」としてでているように思いましたが、三人称で書いている部分もあるので統一したほうがすっきり読めると思います。

…………[ 吉田恵子 ]



 読んでいて小説というより、中学時代を思い出して書いた”物語風日記”という感じがした。部活動に携わっていた者であれば、自分の経験と共感できるものがあり親しみやすいのだが、そうでない者にとってはやや説明文のように思えるかもしれない。(特に試合の場面)愉快で爽やかで青春で、全体的におもしろいのだが、盛り上がりがない。最後の試合の場面をもっと重要視してほしかった。
 登場人物の名前が極端に少なく、キャプテンやS口など簡単に略してしまうのは、題名にもなっているマンジを強調するうまい手だと思った。

…………[ 小野あゆみ ]



 この小説を書いた人は、きっと部活をしていて同じような経験をしたか、このような監督に憧れていたか、野球がよっぽど好きな人かじゃないかと思いました。それほど気持ちの変化とかわかりやすかったです。登場人物の名前も主要な人だけに限られていてすっきりして良かったです。自分が好きなことに打ち込んでそれが終わってもうできなくなった時の空虚感とか、濃い密度の時間を過ごしているときの充実感とかはわかるような気持ちがするので共感できました。「マンジの頭は落ち武者のごとく乱れた」という文章がおもしろいなと思いました。
 気になったところは「選手がしのびなくなる」が少し変かなと思いました。あと、「しかし、2、3回戦は(略)苦戦したが(略)」の文章が、ほかの文章がのびのびしているだけになんとなくひっかかりました。

…………[ 中嶋美和 ]



 題名になっているマンジの、恐れられつつも慕われている様子が伝わってきました。精神主義という要素も、うまく出ているのではないでしょうか。
 気になったのは、「私」の目から見たふうに描かれているのに、所々それがあふやになっていることと、「私」がどういう立場の人なのか最後まででてこないため、疑問として残ってしまい落ち着かないことです。一言でいいので、書いてもらえると、すっきりすると思います。

…………[ 堀口奈月 ]



 構成面については、とてもまとまりがあって、話の流れが安定していて、わかりやすかったと思います。叙述面においては、視点の取り方は一定で読みやすかったのですが、視点人物がどのような立場にいる人なのかがわかりにくくて、残念です。試合の描写などはすごく細かく描写されていて、とても面白かったです。とくに、マンジという人物に好感を持たせられました。人物描写が、とても魅力的に出来ていると思います。

…………[ 名村かほり ]



 青春のお話、という感じで、今まで読んできた小説とは作風が全く違うので、かえって新鮮に感じました。文体に多少の不安定な所があるかとも思われますが、ストーリーが幸せなものだったので、あまり気になりませんでした。

…………[ 森 美賀 ]



 ストーリーは、面白い。登場人物も面白い。マンジを部員の視点から描いているのが効果的かどうか。フジタ はわきの人物だけれど、面白い。容貌の描写があると、良いのにと思う。眼鏡を掛けさせるというのはどうかな?
 語り手が成功しているとは思えない。
 限定視点人物をs口あたりにしておいて、その視点から物語世界を描くというのはどうだろう。

…………[ 野浪正隆 ]




吉田 恵子「レム睡眠」への批評




 話の筋が、読み終わった後、心に残る内容だった。このような内容を「レム睡眠」という題名にしたことがよかった。ドラマの中の科学的説明をいれたのがよかった。この話の深さを増す効果があると思った。11時35分が何かあるな、と思ったがやはり「最後に美奈が見た時間であった」。
 「時間って、決めるもんじゃない……、区切ることではないの。」という綾子の言葉が最後にもう一度反復されていたが、これは名言であると思う。小説の中でこのような教訓みたいな、後々読者の心に残るような言葉を入れるのはとても効果があると思う。
 最後に私が期待はずれだったのは【私が想像してたのとは違った。】、夢の中での美奈の部屋と、現実の美奈の部屋での共通の部分がほしかったことだ。というのは、最後にコートのポケットに入っていた「ごめんね」と書かれていた写真の存在を夢の中でちらつかせたらもっとおもしろかったかも、ということである。そうしたら、お決まりのパターンっぽくなって逆におもしろくないのかな。

…………[ 岩田智美 ]



 今読むと誤字脱字ばかりのものだった。日が経ち客観的に作品を読むと描写もきっちりできていないし、言いたいことが先行してしまって読ませるものでは到底ないし…と後悔と恥ずかしさばかりが後から後からやってきました。今後の課題としては空間設定をしっかりとする、としたいです。ぼんやりとしたはっきりしない空間を描きたいというのが私のねらいだったのですがいつのまにか問題はすりかわって書かないことになっていました。描写、人物設定にも気をつけて推敲を重ねたいと思います。

…………[ 吉田恵子 ]



 生活感が全くなく、美奈と綾子も透明感が溢れ不思議な感じがする。最後まで読み終えるとその意味がわかり、スト−リ−のイメ−ジが一貫されていてよかった。ふたりの深い絆が読者にうまく伝わり、激しいスト−リ−の動きは無くてもずっしりと心に残るものがある。優しすぎて自分は潰れてしまった綾子がなんとも切ない。涙を最後にだけ登場させたのがとても効果的。ただ「ごめんじゃないよ。」が少ししつこい気がした。

…………[ 小野あゆみ ]



 最初は、どのような話なのかよく分からなかったのだが、全部読み終えてみてすごく上手だと感じた。1のところの『「女の子らしい」「かわいい」という言葉は綾子のために作られた言葉かと思う。』の文章は、「言葉かと思う。」よりも「言葉だと思う。」のように、言い切ってしまった方が良いような気がする。さらに、3のところの『そっとドアを開けてみる。そこには誰もいる気配がなかった。』の文章も、「誰もいなかった。」としても良かったのではないかと思う。特に気になったのはその程度です。
 全体的に非常にうまく組み立てられてあり、完成度の高い作品であると感心した。

…………[ 小柳早知子 ]



 ストーリー、構成、文体ともとてもしっかりしていて読みやすかったです。特にこれといって言うことはないように思います。

…………[ 森 美賀 ]



 美奈と綾子の二人の世界の、いかにも本当の世界のようで所々おかしい不思議な感じが、うまく出ていると思いました。構成も分かりやすかったです。
 細かくなりますが、分かりにくかったのは、1の終わりの方の「正確には、彼女は夢を見ている。ただ、その夢が・・・・夢をみる」の部分です。「夢が全面一色になっている」の表現がちょっとひっかるような気がします。
 あと、「深緑の夢」の意味が分かりませんでした。なにか意味があるのでしょうか。もし意味づけがあるなら、触れてもらえればうれしいです。

…………[ 堀口奈月 ]



 「青い顔はろう人形のようだった」という描写がありますが、「青い」という表現は必要ないのではないかと思います。描写についてはとても細かくて、丁寧だと思いました。とくに、綾子が見る深緑の夢という設定が上手だと思いました。この夢の色が、綾子の死へのつながりをもっていて、謎が解けたようなすっきりとした読後感を持ちました。濡れた髪についても同じで、そういう細かい表現に意味を持たせているのがうまいなと思いました。構成面では、主人公が「時間」を気にしていく過程をもう少し描いても良かったのではないかと思います。

…………[ 名村かほり ]




小野あゆみ「夢の中で・・・」への批評




 「精神病院の患者である強盗は、夢遊病患者である」ということと、「このお話しは全て主人公の哲太の夢であった」という2つの事象は、「夢」というテーマで関係しているのか。小説のおもしろさを考えると、もちろん関係しているのだろうが、それが少しわかりにくかったので、エピローグの部分にもう少しプラスして余韻を持たせることはできないだろうか。
 お互いの「・・・している所が好き」という描写の仕方は視点が意表をついてていいと思う。
 強盗につかまった時の森川の心情を表わす言葉【直喩ではなく、森川のしぐさなどから表れる心情描写】をもっと取り入れたらいいと思う。宮園の心情は周りの警察官らの行動の中で程よく描写されている。花柄のワンピースが、ノースリーブに変わるということは、季節の移り変わりを表わしている。直喩ではなく、このような間接的に説明する文がもっとあってよいのではないかと思う。

…………[ 岩田智美 ]



 描写が細かくどんな場面かがはっきりと分かりました。その分前半の定休日の中華やバッティングセンターの話が後半でより関係の深いものになっていくのかなと思った割りにそれほど関係がなかったので、もう少し省いてもいい気がしました。また私の理解力が足りないせいかも知れませんが、最後は突然の結末でよく分かりませんでした。結末を匂わせるような文を加えると分かりやすくなっていいと思います。構成に関しては、会話文に無理がなく、会話文と説明文が適度に入っていて退屈せず最後まで一気に読むことができました。

…………[ 吉田恵子 ]



 哲太と睦月の2人の視点が合わさっているけれど、全体としてうまくバランスがとれていて読みやすかったと思う。会話が関西弁なので親近感もわいた。風景や場面の状況がうまく描写されているので、情景が頭に浮かびやすかった。また、心理描写も適度であり、ストーリーの組み立て、説明の仕方も面白く良い感じだった。会話文の量も適度であったと思う。
 また内容的には、最初に夢の中で出てくるナイフと最後で睦月を刺すナイフとが、同じ夢の中で関係しているのかなと感じた。うまいなと思ったけれど、結局どこからどこまでが夢なのか、現実なのかがよく分からなくなった。そういうつもりで書いているのか、ただ私が分かっていないだけなのか、よくは分からないのだけど。

…………[ 小柳早知子 ]



 読んでいて、とても文体が不安定だと思いました。文のリズムや語調が初めの頃はまだ定まっておらず、読んでいて不思議な感じがしました。
 あと、電話や会話の部分が地の文の分量と比べて多く感じました。
 中盤からはおもしろくなってきました。とくに、最初と最後の呼応が上手で、おもしろい構成だと思いました。
 しかし結局、夢おちなのか、哲太自身が精神病患者なのか分かりませんでした。これは私の能力不足かも知れませんが、私のような人にも分かるような構成にしてもらえたら、もっとおもしろく読めただろうと思います。

…………[ 森 美賀 ]



 小説の内容はすごくおもしろいと思う。現実と夢を行ったり来たりしている中で、展開されていく構成はいいと思うし、最終的には夢であった出来事も、夢であったと理解するまでは、現実として非常にリアルに伝わってくるのが良かった。「してやられた!!」という感じだ。また、殺人犯の病気も“夢と現実が混ざり合う幻想病”であり、読者に“夢と現実”をさりげなく意識させている。最後にははっきりと意識させるため、死んだはずの森川さんを再び登場させて終っている。“睦月”ではなく“森川さん”と呼んでいて、夢ではあつあつの恋人同士であったが、現実でのこの二人の関係は一体どうなのであろうかと読者に興味を持たせる点は、成功といえる。登場人物の気持ちや行動がよく伝わってきたし、若い人向けの自然な作品と思う。

…………[ 石井雅美 ]



 主人公二人の様子や会話の描写が、とても自然でリアルに描かれていると思います。この二人が、本当にいるように感じられるようでした。だから、非日常的な強盗の部分も違和感が無く、自然に読めました。
 強盗が夢を見ている状態にいる夢遊病者、という設定が、宮園の夢の中の世界にでてくる、というのは、おもしろいと思いました。
 ちょっと分かりづらかったのは、冒頭部と結末部のつながり方です。時間的にどうなっているのか、つながっているのかいないのか、と悩みました。つながっているのだとは思いますが、いまいちはっきりとしません。もうひとつ、冒頭にでてくる夢は、なんだったのでしょうか。何か意味があるのだとおもって読んでしまうので、読み取れなかった私には疑問として残ってしまいました。

…………[ 堀口奈月 ]



 結局、哲太は夢を見ていたという解釈でいいのでしょうか。夢のなかの視点人物が森川睦月にかわったり、哲太に戻ったりするので何となく夢ではないようにも思えました。会話描写はとても自然で読みやすかったです。冒頭の哲太が見ていた夢の描写はとても上手で、思わず話に引き込まれてしまうような感じを受けますが、結局話のどこかとのつながりはあったのかが気になりました。夢遊病について細かく説明されていたり、銀行強盗の男が夢遊病だったりと、関連性があるように思われるところがあるのですが、こういった各要素が関連性をもっているのならば、もう少しわかりやすくしたほうがいいような気がします。

…………[ 名村かほり ]



 ラストが不満。夢落ちはやめたほうがいい。
 途中まで森川が女だというのが分からないのは、どんなねらいだろう。いきなり女っぽくなるのはおかしい。
 青空がナイフで切り裂かれ」の反復はなかなか効果的。

…………[ 野浪正隆 ]




土井美香「ウソツキ」への批評




 とても読み易くて、すらすらとスムーズに読み進めていくことができた。よくあるパターンであるとは思ったが、おもしろくてどんどん先を読みたいと思える作品であった。主人公の香澄は10年前の自分を振り返って、「私はあんなことには慣れっこになってたから、あの頃の私は転校してばかりで、お友達に囲まれていたかったんだと思うわ。今思えばそれがお友達のいない原因だったのにね。」と冷静な自己分析をしている。それなのにこの作品の最後の部分で、香澄は再び10年前と同じようにウソをついて終わっている。人間は何年かたって、成長しても、結局は中身はあまり変わらないし、同じ過ちを何度も繰り返すのだなあ、たちえ自己分析がきちんとできていても、実際には行動には移せないのだなあ、と思った。
 最後の終わり方をもう少し自分流にアレンジしてみるともっとよくなるのではないか、と思った。例えば、宝物のオルゴールをもう少し意味のある位置づけにする・・・などはどうであろうか?

…………[ 加藤美佳 ]



 次々読みたくなるような小説であった。ストーリーの展開におもしろさがあり、退屈しなかった。結末はTVの「世にも奇妙な物語」っぽくて、不思議な余韻を残す。よくあるパターンではあるが。会話文が多く、とんとんと話が進んでいって比喩による心理描写や、風景などから心情を推測するという場面がないが、それはそれで小説としてまとまっているのでいいと思う。
 後半部分の劇の背景セット壊し事件で、たたかれたり蹴られたりしている香澄が、ケイ子を見てにこっと笑った部分は、人それぞれ受けとめ方が違うと思うが、私は気持ち悪かった。それは、ウソツキという役柄と、香澄の心の清い部分とのギャップのせいである。しかも、「おっ、香澄いい奴やん。」と読者に思わせといて、最後には、「やっぱりウソツキか。」という結末。これが、不思議な余韻の理由である。

…………[ 岩田智美 ]



 最後まで退屈せずに読み終えることのできる作品でした。場面設定もしっかりしており、登場人物の心理がよく伝わりました。1つ気になったのは右のページの左の連の後から三行目「瀬川笙子」ではなくて、「内田笙子」ではないでしょうか? それと、白雪姫の劇をするころに前と同じようにクラスの中心人物に戻った笙子の心理は初めの頃と大きく違う気がします。その時の心理をもう少し書いてほしいなぁと思いました。全体を通してはしっかりとした設定を持ったよみごたえのある作品でした。

…………[ 吉田恵子 ]



 初めの段落での笙子の人物描写がうまい。多く描写しすぎているように見えるが、ポイントを絞っており余分な文がない。文章全体を見ても笙子の性格や感情が前文とからみあいながら、無理なく自然に描写できている。また、香澄の母のサバサバした性格もよく表現できており、”引っ越し慣れ”しているのがよくわかる。子供の問題点にもあまり深刻にならず、そのキャラクターが物語が暗くなるのを防いでいる。
 叙述に関してだが少し気になる部分があった。香澄のウソが発覚して由紀ちゃんが責め立てている場面だが、その状況を全て由紀のセリフで表現するのは苦しいと思う。適度に説明的な文章も組み合わせれば、もっと頭に入りやすい場面になるだろう。
 小学生という設定になっているが、少し年齢を上げてはどうだろうか。例えば、「大人ぶってるけど〜」や、香澄が笙子をかばうために「笙子ちゃんがやった。」と言うところなど、小学生にしてはませすぎていてかわいげがない。
 全体を通して少し説明多過のように思う。もっと風景や事物、行動描写、比喩があったほうがいい。構成は起承転結がしっかりとしていて、解かりやすく読みやすかった。

…………[ 小野あゆみ ]



 10年ぶりに再会した親友との会話から物語は始まっていて、すぐに10年前に場面は移る。小学校6年生の嘘つきな女の子と主人公である女の子、そして彼女たちのまわりの子供たちがうまく描かれていると思った。字が細かくて読みづらかったが、内容的には流れがあって良かったと思う。主人公の視点でずっと通して書かれているので、読んでいて分かりやすかった。
 ただ、最後の段落が何だか不自然に思えてもったいない気がする。10年ぶりの再会で親友をやり直すことができる2人なのに、あのままで終わってしまうのが何だか物足りないように思った。でも、あれはあれで良いのかもしれない。
 最初と最後に同じ文章をもってきて、同じ台詞を使うのはあまり好きじゃないと思った。思い出して昔のことを書こうとするときに、他に方法はないのかと思うが、これといって浮かんでこないのでうまく言えないのだけど……

…………[ 小柳早知子 ]



 「いい話だ・・・」と思って読んでいたら、最後でまたこかされました。
 話の内容はとてもおもしろかったです。文体もとてもしっかりしていて、リズムよく読むことができました。
 しかし、若干説明文のような感を受けました。
 もう少し、風景の描写や比喩表現などを入れながら書くと、より小説らしくなったのではないだろうかと思いました。

…………[ 森 美賀 ]



 文末が統一して丁寧な言葉なので、全体的にゆったりとした作品であると感じた。構成としては、現実→過去→現実という形で、語り手私=内田笙子であり、自分の過去を回想している。語っている内容はストレ−トに伝わってくるが、日記風っぽく感じてしまう所もあるような気がした。もう少し読者に想像させる部分があってもいいかもしれない。最後の場面は、工夫しようとしているのは分かるが、ちょっと無理があるように思えた。もう少し自然なうそでもいいのではないだろうか?ラストまでは話が自然に流れているのに、ラストだけ少し不自然な感じがする。それを改善したら、もっといい作品になると思う。時間の描写をすることによって、スケ−ルが大きい感じがするので、この点は成功と思われる。

…………[ 石井雅美 ]



 小説を読んで思ったのは全体的にとてもよくまとまっているなぁということです。現在の会話から始めて、10年前の回想にはいり、再び同じ場面の同じ会話に戻るという方法をとっているのは、物語にまとまりが出来て良いなぁと思います。登場人物の性格の設定もしっかりしているので、安心してスムーズに物語の世界に感情移入できました。また、学校の様子なども現実味があって、あぁこんなのだった、と思い出しながら読めるような描き方がしてありました。
 かえた方がよいのではと思う点は、これはこれで良いのかもしれないけれど、少女時代の二人の中心人物の言葉づかいが少し大人びすぎているのではと思いました。二人の性格をうまく表しているのかもしれないけど現在の会話と口調が似ているので、少し幼さをだしてもいいと思います。あと、香澄さんは、小学校時代何度も転校で寂しさを経験し、いじめられて傷ついているので、いじめられているのに見て見ぬふりをした主人公とそう簡単に、親友になれるよね、という会話を交わせるのか少し疑問に思いました。

…………[ 中嶋美和 ]



 話に無駄が無く、「彼女には分かっていたのです・・・・自分が疑われるということが」という倒置の部分にそれまでの話が集約されるようで、うまいと思いました。全体的に話の筋が整然としていて、道徳の教科書を読むようななつかしさを感じます。
 ただ、小六という設定には、違和感がありました。細かくなりますが、「あえて言うなら」や「一体なんだっていうの」というところで、戸惑ってしまう。「こまっしゃくれた子供」笙子と、彼女に似ている香澄のセリフということの演出なのかもしれませんが、小六にしては、会話が大人びすぎているのでは、と思いました。

…………[ 堀口奈月 ]



 女の子の心情がよく描かれているなと思いました。性格設定がうまいと思います。感情移入がしやすい作品だと思いました。構成もスムーズで、現在の会話を冒頭とラストにもってきたことでまとまりがあるのだと思います。ただ、ラストの香澄の台詞がいまいち分かりにくいです。本気の嘘なのか、冗談でいった嘘なのかがわからないし、本気の嘘だとするなら、少し現実味がないように思います。「ですます調」を上手に使っていたと思いました。

…………[ 名村かほり ]



 ウソツキは、なかなかよくできた作品だと思う。
香澄初登場のシーンは、髪型や服装や顔つきや表情の描写が欲しい。はなやかな感じ、でも、貧しい感じを潜ませているような。
 嘘がばれたあとに、私が香澄に対して感じた嫌悪は、違和感有り。べつに私がだまされていたわけではないから。疎遠にさせるためなら、もとの取り巻きにもう一度とりまかれて、しかたなくでもいいのではないか。
 クライマックスがよくできているとおもう。
 香澄のアパートは詳しい描写がほしい。埃の匂いがしたとか。小さな電灯が暗い廊下をわずかに照らしていた。とか。
 謝る場面も、もうすこし曲折があっていいとおもう。布団がもぞもぞと動いた。わたしは香澄がこちらをむくのかと期待した。とか。
 ラストも明るくて良いと思う。

…………[ 野浪正隆 ]




岩田智美「学生時代」への批評




 私には難しい作品でした。ですが、文章表現の仕方が作品によくあっているように思いました。ただ作品の冒頭には小説を書くといって別の空間を作り上げたようですが、区切りがはっきりせず空間があやふやになっているように感じました。時空間の設定をしっかりするともっと読みやすくなるような気がします。あと、テーマに関してですが、私は性がテーマの1つだと感じました。主人公ぼくには性に関する記述があって分かりやすいですが、国男についての記述も欲しかったです。

…………[ 吉田恵子 ]



 ストーリーの組み立て方が変わっていておもしろいと思った。内容的には少し分かりにくいところもあった。人間関係は分かりやすいし、視点の取り方もこれでいいと思う。彼に出会って僕の世界が変わって行く様子が丁度良いぐらいに描写されているように思った。学生時代において、親友と過ごした日々のこと、そこから考えたこと、幸せと感じていたことなどから、僕が書きたかったことを不完全にしか書けないまま、同じように首をつってしまうのだけれど、もう少し心理描写を書いてみたら分かりやすくなるのではないかと思う。なんだか私には少し難しくてつかみきれなかった。読み終えて批評しにくいい作品だと思った。何と言っていいのか良く分からない。

…………[ 小柳早知子 ]



 基本的なことですが、文章がおかしなところがありました。(誤字、うちまちがい以外で。)たとえば《そこには、充分なまでの時代の象徴の裏面だった》というところなど。どういう雰囲気の文章にしたいかが分からないので、どうすればよいかということは述べられませんが、読んでいて「あれ?」と思う所がありました。(語調や接続詞の使い方なども)
 あと、内容についても、《君達には伝わらない》と書かれてあるように、私にもはっきり伝わらなかったので、どうこうは言えませんが「原罪」という言葉を使うからには、キリスト教、あるいはキリスト教関係の書物(例えば、西洋の書物もそれに入ります)から影響を大いに受けたのでしょうか、という感がしました。

…………[ 森 美賀 ]



 なぞが残る終わり方で、読み終わった後少し考えさせられました。なぜだか分からないんですけど、話は全く違うのに読み終わった後夏目漱石の『こころ』を思い出しました。
 「不安と期待が僕の中で入り混じっている。(この感覚は幼稚園に入った頃に似ている。、あの気持ちだ。)しかし、ぼくがあのころについて思い出そうとしても(後略)」という文章は最初読んだとき「あの頃」が「幼稚園に入ったころ」のことかと誤解してしまいました。ここを変えたらもっとわかりやすいとおもいます。
 一回目に読み終わったときには冒頭の方は忘れてしまっていたので「死に者狂い」という言葉を二回目に読んでいるときにみつけて始めて意味がわかっておもしろかったです。また主人公は本当に自殺しようとしたのか、小説として自殺しようとしているのかが微妙でおもしろいなぁと思いました。
 後、気になったのは「ふくらました風船のような夏」という表現が具体的に夏のどんな様子を表しているのかわかりにくかったのと、「和屋敷」という言葉がひっかかったことです。

…………[ 中嶋美和 ]



 全体的に何か気だるい感じが漂っていて、それが最後の自殺へとつながっているのが、うまいと思いました。
 ただ、キーワードのような「僕たちは裁かれるべきなんだ」という言葉の、「僕たち」が誰をさすのか、何に対する裁きなのか、私にはよくわからなかったです。分からないところが良いのかも知れませんが。
 主人公がなぜ十年もたった三十歳になって自殺することにしたのか、その理由も分かりませんでした。

…………[ 堀口奈月 ]



 「そこには、充分なまでの時代の象徴の裏面だった」という文が少しわかりにくいと思いました。あと、話をはじめるまでの前置きが少し長いのではないでしょうか。もう少し、説明を短くしたほうが伝わりやすいように思いました。全体的にもう少し説明を少なくすると良いのではないでしょうか。風景描写はとても上手だと思いました。

…………[ 名村かほり ]



 1段目の中程の「他」。2段目の中程の「懸けて」は「賭けて」。「死に者狂い」は「死に物狂い」(死ぬほどの物狂い)
 「充分なまでの時代の象徴の裏面」うーん、わからん!
 前半では隠してあることがらが多く、後半では、隠さないことがらが多く、違和感があった。
 村上春樹の「風の歌を聞け」のまねっ子だといわれてもしかたがない作品だと思う。
幻想的に書こうとするなら、それなりの叙述法があるし、現実的に書こうとするなら、それなりの叙述法があるし、この作品は、そこの詰めが不足していると感じる。

…………[ 野浪正隆 ]




河野ちなつ「空間論」への批評



 空間論という題名から、どのような話なのだろうと気になった。読んでいて思ったのは、一体いまはいつなのかということだ。時間の流れが私には少し分かりにくかった。読み直してみると分かったけど。主人公の人間性と、彼女の人間性との関わりあいがうまく描かれていると思った。
 全体として感じたのは、静だということだった。静かな雰囲気があって、登場人物もあまり多くなくてうまく空間というものを表現しているように思った。陸橋という場所をいろいろな角度から描写しているのがすごくうまくいっていると思う。

…………[ 小柳早知子 ]



加藤美佳「想い出草」への批評



 全体としてうまくバランスがとれていると思った。父への思いと、和也と徹への想い、心の動きがうまく表現されていてよかった。
 京都という町を通して、亡き父に対する慶子の気持ちが描写されていて、とても自然な感じがした。また、風景描写がとても細かくて、京都の雰囲気がとてもきれいに描かれていて、紅葉の美しさが目に浮かぶようだった。
 その場所を実際に知らない私は、一度言ってみたいと思う。一つ気になったのは会話描写だった。少し不自然な感じをうけたので、もう少し考えてみてはどうかと思う。

…………[ 小柳早知子 ]





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