近頃「担保する」という言葉をよく聞く。最初は違和感があった。「担保」は「抵当」と同じように借金のかたであってモノ概念なのに、スルをつけてコト概念になった場合どのような意味になるのか不明であったからである。
昨年は、住んでいる集合住宅の管理組合の理事をしていて、住宅保険の説明文書に「担保する」が使われているのを「発見」した。将来損害が生じた場合にそれを補填するのが「保険」だから、「保険スル」でもいいのだろうが、「○○保険は、交通事故を保険します」ではわかりにくくなるので、別の動詞を使うことにしたのであろうか。保険の広告のキャッチコピーやボディコピーに「担保する」は使われていない。「担保する」という語のかわりに、「保障」が「生涯保障」などという形で使われている。しかし、説明書や契約書には、「担保する」が使われている。語の意味が一意でないといけないので、法律用語としての「担保する」を使うのであろう。(広告に使わず契約書に使うところから判断すると、保険会社は「担保する」が一般に通用する語でないと考えていることが分かる)
これも、昨年あたりに「発見」したことである。ある教授が教授会での発言中に「担保する」を使っていた。メモを取っていないので不正確だが、「講座の自主性を内規で担保する」というような内容の発言だったと記憶している。これは、新しい「担保する」である。内規は、将来の損害を補償する機能を持たないからである。「保証」でもないし、「保障」でもないし、「補償」でもない。損害を前提としていないからである。「確保する」くらいの意味かと思う。
このような「発見」から、「担保する」について少し調べてみる必要があると考えるようになった。
語彙研究や文法研究や音声研究にコーパス(電子化された言語データ)が利用されている。コーパスに関する二つの言説を引用しておく。
1. 新しいデータ収集の方法:コーパスの利用 従来,言語研究に利用するデータには,(1) 研究者自らが書物,雑誌,新聞などから集めた例文,(2) 辞書,文法書,論文,著書などに引かれている例文,(3) 母語話者が直観によって作った例文,(4) 非母語話者である研究者が作成した例文を母語話者に判断してもらったものなどがあった。今日では,コンピュータ技術の発達とインターネットの普及によって,新しいデータ収集の方法がもたらされた。コーパスの利用によるデータ収集である。コーパスによるデータ収集は,従来の手法に取って代わるものというより,むしろ相互補完的に使われるべきものであるが,必要なデータを大量に提供し,新たな言語事実を示してくれる重要な手法であることは疑いない。コーパスと語法文法研究 滝沢直宏
『英語教育』(大修館)平成12年2月号(pp. 43-45)
一方、音声情報処理システムの研究・開発を行うためには、分析・合成・認識の各種の手法を適切に比較・評価することが必要とされる。これを行う方法としては現在のところ、共通の音声データを用いてこれらの処理を行い、その結果を比較するという方法以外は知られていない。このようなことから、共通利用可能な各種・大量の音声データを収録し、保管・公開することは研究・開発過程での利用および認識システムの性能評価の両面から求められている。このような目的に利用される音声データを一般に音声データベースあるいは音声コーパスと呼んでいる。
研究の評価という点では固定されたコーパスが必要である。しかし、流行語や流行しないかもしれないけれど現時点で使われ始めている語(や構文や文章構成法)については、固定されたコーパス内に含まれていないことが多いので、それを用いて調査を行っても用例は得られない。現時点でそのような用例を得ようとしたときに有効なのは、インターネットページであり、検索ページである。
次にあげるのはgoogleという検索ページの自己解説である。
Googleは情報の散在を秩序正しくするように設計されています。編集や限定されたディレクトリや、販売された高額順の検索結果リストではなく、インターネットがもつ独自の構造にしたがってウェブ上の情報を整理し、検索サービスの本来あるべき姿を実現しています。
ウェブでは、どのページも他のウェブページに対し瞬時に、そして仲介を通さずに直接リンクできます。このリンク構造こそがインターネットから階層性を除いて、情報が支障なくサイトからサイトへ流れるようにしています。Googleの特許出願中のPageRank(TM)技術は、このリンク構造上の特性を活用し、ウェブに画期的な検索手段をもたらしました。
PageRank(TM) について
PageRank(TM) は、Webの膨大なリンク構造を用いて、その特性を生かします。ページAからページBへのリンクをページAによるページBへの支持投票とみなし、Googleはこの投票数によりそのページの重要性を判断します。しかしGoogleは単に票数、つまりリンク数を見るだけではなく、票を投じたページについても分析します。「重要度」の高いページによって投じられた票はより高く評価されて、それを受け取ったページを「重要なもの」にしていくのです。
こうした分析によって高評価を得た重要なページには高いPageRank(TM) (ページ順位)が与えられ、検索結果内の順位も高くなります。PageRank(TM) はGoogleにおけるページの重要度を示す総合的な指標であり、各検索に影響されるものではありません。むしろ、PageRank(TM) は複雑なアルゴリズムにしたがったリンク構造の分析にもとづく、各Webページそのものの特性です。
もちろん、重要度が高いページでも検索語句に関連がなければ意味がありません。そのためにGoogleは洗練されたテキストマッチ技術を使って、検索に対し重要でなおかつ、的確なページを探し出します。
次にあげるのは 「担保する」をいくつかのサーチエンジンで2001/11/18に検索した結果である。
goo | infoseek | lycos | yahoo japan | ||
---|---|---|---|---|---|
担保した | 241 | 1930 | 29319 | 32539 | 243 |
担保して | 1040 | 9640 | 29319 | 19684 | 1050 |
担保する | 10600 | 63980 | 29319 | 32540 | 11000 |
担保せ | 34 | 140 | 29319 | 312 | 36 |
担保さ | 460 | 29530 | 29319 | 32539 | 140 |
5つのサーチエンジンを比較すると次のようなことが分かる。(表1参照のこと)
yahoo japanは、googleの検索エンジンを使っていて、わずかな誤差はあるが同一の結果である。infoseekは、「担保」という漢字文字列だけをキーワードにして検索していることがわかる。licosは、googleとinfoseekの中間で、「担保して・せ」はその語で検索しているが 「担保した・する・さ」については「担保」だけで検索しているようである。
googleとgooとを比較する。gooの方が、ヒットしたページ数が多い。約8倍である。しかし、「Googleの人気の秘密」を見れば分かるように、googleで表示されたページは、信用されているページであり、よく読まれている可能性が高いページである。
最新のデータが得られれば、どんなページであってもよいのだが、できるだけ現実の言語状況をよく反映しているページ(信用があって、よく参照されていて、よく読まれている)がいいのは言うまでもない。このような理由で、googleは、流動的コーパスとして使えるサーチエンジンであると言える。
手元にあるCDROM版の「岩波国語辞典・マイペディア・大辞林・広辞苑」で「担保する」を引いたが、「担保する」という見出しもないし、「担保」の説明の中にも、「担保する」は無かった。そこで、元々の「担保」についての説明と、担保するに関連するであろう「抵当・保障・保証・補償」を引いて表にした。
岩波国語辞典 | マイペディア | 大辞林 | 広辞苑 | |
---|---|---|---|---|
担保 | 債務者が債務を果たさない場合の、債権者の損害を補うために設けられたもの。多くは債務者が債権者に物品などを保証として差し出す。抵当。かた。 | 広くは将来生ずるかもしれない不利益に備えてその補いとなるもの,また現在・過去の不利益の補いをつけること。しかし普通は特に⇒債務不履行に備えるものをさす。すなわち債権者が満足を受け得ないことを考えて,あらかじめその債権の弁済を確保するために講ぜられる方法をいう。 |
|
|
抵当 | 借金の際、金が返せなくなったら貸手が自由に処分してよいと約束する、借手側の品物。担保。かた。質物(しちもつ)。「土地を―に入れる」 −けん【―権】債務不履行の場合、担保について、他の債権者に優先して弁済を受けうる権利。 | 抵当権 債務者が占有を移すことなく提供した特定の不動産につき,債務者が債務を履行しない場合に,目的物を競売してその代金から債権者が他の一般債権者に優先して弁済を受け得る⇒担保物権(民369以下)。 |
|
|
保証 |
| 記載なし |
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|
保障 | 保護して危害がないようにすること。 | 記載なし | 〔「保」は小城、「障」はとりでの意〕
|
|
補償 | 損害・費用などを補いつぐなうこと。 | compensationの訳。A.アドラーの用語で,精神的・身体的な欠点や弱点を意識するとき,それを補おうとする心の動きをいう。吃(ドモリ)を克服して雄弁家となったデモステネスは好例。 |
|
|
以上のことから、「担保する」の意味は、「広くは将来生ずるかもしれない不利益に備えての補いをすること」と考えて良い。
サーチエンジンgoogleを使って、「担保する」が使われているページを検索し、「担保する」が含まれているテキストを得た。(表2を参照のこと)
12375の用例を分析するのは、手に余るので、86%を占める「担保する」のうちからtop100(全ページの1%)と、「担保した・して・せ・さ」のページの1%を上位から選んで、用例とした。
得られた用例を加工して、エクセルに読み込ませて、次のような表を作った。
No | 担保 | ページタイトル | 「担保する」が含まれている文脈 | ページのURL | 区分 | 何を | 何によって | 文末の形 | 置き換える |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
96 | 担保する | 日本政府の方針に関するNGOの評価 | 日本政府は、京都議定書を受けて、「地球温暖化防止大綱」の他にもいつくかの法改正や政策決定を行った。しかし、いずれも日本の削減目標の履行を担保するものにはなっていない。. | www.jca.apc.org /jatan/cop4.html | 行政 | 日本の削減目標の履行を | 京都議定書を受けて行った、「地球温暖化防止大綱」の他にもいつくかの法改正や政策決定 | 担保するものにはなっていない。. | 確保 |
41 | 担保する | 保険に加入する | ... 保険加入のポイント. 積立こども総合保険 被保険者を子供とした、傷害事故、賠償責任、育英費用を担保する積立型の保険です。 | www.yu-cho.yusei.go.jp /s2000000/soudan/3/1230.html | 保険 | 傷害事故、賠償責任、育英費用を | 保険 | 担保する保険です。 | 置き換えられない |
「No」は、整理用の連番。「担保」は。検索に使ったキーワード。「ページのURL」は、googleが表示した文脈で不足する場合に備えて、当該のページを呼び出すためのものである。
「区分」は、だいたい何に関する内容なのかを論者が判断したもの。「区分」には「法律・行政・保険・不動産・債権処理・その他」がある。
「何を」「何によって」「担保する」のかを文脈から抜き出し整理した。
「文末の形」は、文の「趣意・要求」を大まかに見ることが出来るかと考えて作っておいた。
「置き換える」は、文脈で使われている「担保する」の代わりの語としてどんな語が適当か、論者が判断したもの。
この作業の結果は、「“担保する”のバリエーション」である。(何が何%という数値を出しても意味がない。なぜなら全数に対する調査ではないから)
法律・保険・不動産・債権処理に区分したページでは、「担保する」の意味は、前掲の「将来生ずるかもしれない不利益に備えての補いをすること」である。「担保する」の意味が多様になっては困る専門領域だから、当然のことである。 それに対して、「行政・その他」に区分したページでの「担保する」は、「将来生ずるかもしれない不利益に備えての補いをすること」という意味ではなかった。
いくつかの例を挙げておく。(《》でくくられているのはページタイトル)
事例文ABCのように「担保?すべき」事柄が、現在から未来にかけての時間にあるならば、「確保する・維持する」という言葉での置き換えが可能であるし、Dのように、未来の事柄ならば、「実現する」という言葉での置き換えが可能である。 なぜ、「確保する・維持する・実現する」を使わずに「担保する」を使うのか、については、使用者に対して「なぜ“担保する”を使うのか」というアンケート調査をしないとはっきりした理由は分からない。しかし、仮説は立つ。
この、口癖に当たるかもしれない事象「〜の……性を担保する」を次に取り上げる。
googleで「性を担保」をキーワードにして検索したところ、次のような結果が得られた。
ドメイン | 性を担保 | 全体に対する百分率 | 百分率のグラフ |
---|---|---|---|
go.jp | 569 | 28.69% | **************************** |
or.jp | 335 | 16.89% | **************** |
ne.jp | 285 | 14.37% | ************** |
co.jp | 231 | 11.65% | *********** |
com | 209 | 10.54% | ********** |
ac.jp | 162 | 8.17% | ******** |
org | 80 | 4.03% | **** |
gr.jp | 75 | 3.78% | *** |
net | 36 | 1.82% | * |
gov | 1 | 0.05% | |
ed.jp | 0 | 0.00% | |
edu | 0 | 0.00% | |
mil | 0 | 0.00% | |
全体l | 1983 | 100.00% |
ACドメイン(大学・教育機関など) | COドメイン(企業) |
GOドメイン(政府機関) | ORドメイン(非営利法人) |
ADドメイン(JPNIC会員ネットワーク) | NEドメイン(ネットワークサービス) |
GRドメイン(任意団体) | EDドメイン(学校など) |
表4では、検索した時に表示される総数を調べて、グラフを書いたものである。go.jpが全体の1/4を占めている。しかし、go.jpのページ総数が多いかといって、「性を担保」をたくさん使っているとはいえない。そこで、ドメインごとのページ総数を得ようと「は」をキーワードに検索した結果で割合を求めたものが、次の表6である。
ドメイン | a:は | b:性を担保 | b/a(万分率) | 万分率のグラフ |
---|---|---|---|---|
go.jp | 805,000 | 569 | 7.068322981 | **************************** |
or.jp | 2,210,000 | 335 | 1.515837104 | ****** |
ne.jp | 3,370,000 | 285 | 0.845697329 | *** |
co.jp | 5,350,000 | 231 | 0.431775701 | * |
com | 3,630,000 | 209 | 0.575757576 | ** |
ac.jp | 2,020,000 | 162 | 0.801980198 | *** |
org | 695,000 | 80 | 1.151079137 | **** |
gr.jp | 272,000 | 75 | 2.757352941 | *********** |
net | 1,330,000 | 36 | 0.270676692 | * |
gov | 1,060 | 1 | 9.433962264 | ************************************* |
ed.jp | 115,000 | 0 | 0 | |
edu | 30,000 | 0 | 0 | |
mil | 54 | 0 | 0 | |
全体 | 19,828,114 | 1,983 | 1.000095117 | **** |
割合で言えば、govがgo.jpを上回っているが、govの「性を担保」は1件で、総件数が少ないせいで、go.jpを上回ってしまったのである。
ともかく、go.jpで「性を担保」をたくさん使っていることが、読みとれる。 では、「性を担保」の「……性」とはなにか、調べてみよう。「性を担保」をキーワードにして、googleで検索し、その結果から、「……性を担保」の「……性」を抜き出して、集計した。
頻度 | 語 | 全体に対する割合 | |
---|---|---|---|
25 | 実効性 | 22% | ********************* |
7 | 公正性 | 6% | ****** |
7 | 公平性 | 6% | ****** |
6 | 透明性 | 5% | ***** |
4 | 継続性 | 3% | *** |
4 | 正確性 | 3% | *** |
4 | 専門性 | 3% | *** |
4 | 中立性 | 3% | *** |
4 | 独立性 | 3% | *** |
3 | 公益性 | 3% | ** |
3 | 自主性 | 3% | ** |
3 | 自律性 | 3% | ** |
「担保?する(確保する・維持する・実現する)」のであるから、物事を肯定的に評価できる点を「……性」と取り出すのである。しかし、ものごとを分析的にとらえている姿勢を示しながら、その実態は、「担保する」の曖昧さを粉飾しているにすぎないのではないだろうか。
「0 はじめに」で述べた疑問は、おおむね解決した。「2 「担保する」の実際の使われ方」で述べた仮説「担保するは、責任回避の口癖である」は、いずれ解決するつもりである。
本研究は、日常生活で生じた些細な疑問を、ペーパーレスで解決しようと試みたものである。(最終的には「学大国文」というペーパー出力になってしまうのだが、そこに至る過程では、最初から最後までペーパーレスである)
研究のための資料をいかに集めるか整理するかが、研究時間の大部分を占めていた時代から、資料そのものがすでに用意・整理されていて、それをいかに分析するかに時間を使う時代に変わりつつある。これは、研究者の研究場面にだけでなく、学生・大学院生に対する講義・演習という教育場面においても大きな変化である。
このような、現在どのような語がどう使われているかの調査を、小学校の高学年から高校生大学生までの国語の授業に取り入れてみては、どうだろう。辞書に記載されていない最新の語やその意味を調査・記述することで、言葉に対する理解が進むはずである。
手で書くことを中心とした手作業が着実な思考に寄与することを認め、行い続け、加えて、失敗のために失う時間を全くおそれないで試行錯誤を短時間に繰り返すことができる現在の環境を生かしていきたいと思う。